企業の成長戦略やM&Aの手法のひとつとして、多くの企業で活用されている株式取得は、他の手法と異なり、相手企業の法人格を維持しつつ経営権を取得することが可能です。しかし、株式取得の特徴や他の手法との違い、メリット・デメリットなどを正確に理解しておかなければ、失敗などのリスクが生じかねません。
そこで本記事では、株式取得の基本的な仕組みから他の手法との違い、会計・法務・税務に関する注意点や成功事例まで、できるだけわかりやすく丁寧に解説します。
株式取得とは?基本的な仕組みと目的
株式取得は、M&Aの代表的な手法の一つです。この章では、株式取得の定義や目的、そして他のM&A手法との違いについて解説します。
株式取得の定義と目的
株式取得とは、企業が他の企業の発行済株式を取得することで、経営権を取得・支配するM&Aの手法のことです。取得先の会社の法人格を残したまま、一定割合以上の株式を保有することで、経営判断に関与することができます。
株式取得の目的は多岐にわたり、販売網の拡大、製品や人材・技術の獲得、競合排除など、実にさまざまです。また、手続きや税務処理もスピーディーに済ませられるため、時間をかけずに市場進出したい場合にも効果的です。
株式取得と他のM&A手法との違い
株式取得は、相手企業の法人格を残したまま経営権を手に入れられる点が、他の手法との大きな違いです。たとえば合併では、一方の企業が消滅し、事業譲渡では資産や契約を個別に移転するため、従業員や取引先に大きな影響を与える可能性があります。
これに対し、株式取得であれば、買収後も対象企業はそのままの形で存続するため、既存の契約や雇用関係も基本的に維持され、直接影響を与えることはありません。そのため、周囲の関係者に配慮しながらスムーズに支配権を獲得できる方法として、多くの企業では選ばれています。
株式取得の主な手法とその特徴
株式取得には、目的や状況に応じて選べるいくつかの手法があります。この章では、代表的な4つの手法の仕組みと違いを解説します。
株式譲渡
株式譲渡は、既存の株主から株式を直接買い取ることで経営権を取得する方法です。手続きが比較的簡単で、短期間で実行できることから、M&Aの現場では最も多く用いられています。
株式譲渡による株式取得では、法人格が維持されるため、従業員や取引先との契約関係を変える必要がありません。したがって、M&Aの影響を最小限に抑えることができます。
ただし、簿外債務などのリスクも引き継ぐ可能性があるため、事前のデューデリジェンスが不可欠です。
株式交換
株式交換は、ある企業が他社の全株式を取得し、完全子会社化するための組織再編の手法です。親会社となる企業は、自社株式を対価として相手企業の株主に交付します。
そのため、現金を使わずに支配権を得ることができます。また、適格要件を満たせば、株主の譲渡益課税を繰り延べることも可能です。
ただし、株式の希薄化や少数株主への配慮が求められるため、手続きには慎重な検討が必要です。
株式移転
株式移転は、複数の企業が新たに持株会社を設立し、その会社にすべての株式を移すことで、経営統合を行う手法です。親会社が存在しない点で株式交換とは異なり、対等な立場での統合がしやすいという特徴があります。
また、新会社を中心にグループ経営を行えるため、戦略の一体化が図れる点も大きな利点です。ただし、新設法人に関する登記や公告など、会社法上の手続きが必要で、時間とコストがかかる場合もあります。
第三者割当増資
第三者割当増資は、企業が新しく株式を発行し、特定の第三者に引き受けてもらうことで出資を受け、同時に株式を取得してもらう手法です。資金調達と経営権の移転を同時に実現できるため、企業の再建や業務提携の場面でよく活用されます。
この手法は、買収される企業にとっても、資金流入というメリットがあります。ただし、持株比率の調整や既存株主との関係には注意しなければなりません。
株式取得の会計処理と税務上の注意点
株式取得には、取得側・被取得側の双方に会計・税務の処理が伴います。この章では、仕訳処理やのれんの計上、課税関係など実務で重要な点を整理します。
株式取得時の会計処理
株式取得において、取得側企業は取得した株式を「関係会社株式」または「子会社株式」として貸借対照表に計上します。取得対価には現金だけでなく、株式や資産なども含まれるため、取得原価の算定には注意が必要です。
また、取得原価と対象会社の純資産に差額がある場合は、「のれん」として計上します。のれんは将来の収益力を表す無形資産であるため、会計上は一定期間で償却されるか、定期的な減損テストの対象となります。
ただし、連結決算を行う場合には、親会社と子会社の財務諸表を合算し、内部取引を相殺するため、のれんの扱いや資本連結の方法については注意が必要です。これらの処理は会計基準によって異なる部分もあるため、実施する際には、公認会計士や税理士などの専門家に相談しながら処理を進めなければなりません。
株式取得に伴う税務上の注意点
株式取得に関する税務処理では、取得価格やのれん、手数料の扱いなど、いくつかの注意点があります。まず、取得側企業が支払った対価は原則として「投資」として扱われ、損金にはなりません。したがって、取得時点での法人税への影響は基本的に発生しないものの、のれん部分が将来的に減損されれば、損金算入される可能性があります。
一方で、取得に関わる仲介手数料や専門家などに支払う報酬は、原則として取得価額に含めるため、費用にはなりません。また、被取得企業が発行済株式の過半数を超える支配を受けた場合、連結納税制度の適用や移転価格税制のリスクなども検討対象となります。
さらに、取得方法によっては、適格組織再編の範囲に該当するかどうかで、課税繰延の可否が決定します。たとえば、株式交換や移転で一定の要件を満たせば、譲渡益課税を将来に繰り延べることが可能です。
税務上の影響は企業グループ全体に及ぶため、事前に税務顧問や専門家などと連携し、正しいスキームの選択を行うことが極めて重要となります。
株式取得のメリットとデメリット
株式取得は柔軟なM&A手法として幅広く活用されていますが、残念ながらメリットばかりではありません。ここでは、メリットとデメリットの両面について解説します。
株式取得のメリット
株式取得の最大のメリットは、対象企業の法人格や取引関係を維持したまま、迅速に経営権を取得できる点です。合併や会社分割のような大規模な手続きを経なくても、過半数以上の株式が取得できるため、重要な意思決定に関与できるようになります。また、既存の従業員・取引先・ブランドなどをそのまま引き継げるため、顧客離れや業務の混乱を最小限に抑えられるのも大きなメリットです。
さらに、段階的な取得が可能であるため、初期は少数株式を取得し、事業シナジーや信頼関係が構築された後に追加取得を行うという柔軟な戦略も取れます。税務面でも、適格株式交換や適格株式移転に該当すれば、譲渡益課税の繰延べが認められるため、資金繰り面でも有利です。
それだけでなく、特定の株主構成や議決権の調整を通じて、経営への影響力を調節することができるため、企業グループの再編や子会社化にも最適な手法です。このように、株式取得はスピード、柔軟性、安定性を兼ね備えたM&A戦略として、多くの企業で活用されています。
株式取得のデメリット
株式取得には、上述のメリットだけでなく、いくつかのデメリットも存在します。まず、買収側は対象企業の資産・負債だけでなく、簿外債務や潜在的リスクまでも引き継ぐ可能性があるため、想定外の損失を被るリスクがあります。
たとえば、過去の未処理税務、係争中の訴訟、環境問題などが表面化すれば、買収コストが大きく膨らむことになります。また、株式取得だけでは企業文化や経営方針の統一が難しいため、統合に失敗すれば、従業員の離反や組織の対立が生じかねません。
さらに、株式の段階的取得を行う場合、完全子会社化までに時間を要するため、その間のガバナンス確保や少数株主との関係調整に苦慮するケースもあります。また法的にも、議決権の比率に応じた制限があるため、期待した意思決定ができない局面もあり得ます。
それだけでなく、資金調達や買収費用が高額となることから、財務体質を圧迫する可能性も否定できません。したがって、株式取得を実行するにあたっては、メリットだけでなくこうしたリスクや制約も十分に把握したうえで、慎重に判断をしなければなりません。
株式取得における法的手続きの流れと留意点
株式取得を行うためには、単なる契約だけでなく、法務的な確認や公的手続きも必要です。ここでは、代表的な手続きの流れと、実務上注意すべきポイントを紹介します。
株式取得の法的手続きの流れ
株式取得における法的手続きは、取得対象やスキームによって異なりますが、基本的には「契約の締結」「株主名簿の書換」「登記や届出」が主な流れとなります。
まず、取得側と売却側の間で基本合意書を締結し、デューデリジェンス(法務・財務・税務などの調査)を経て、最終的な株式譲渡契約を締結します。その後、譲渡人から譲受人への株券引渡し(あるいは振替)とともに、株主名簿上の名義書換が行われ、これにより正式に所有権の移転が完了です。
ただし、非上場会社の場合は、譲渡にあたり会社側の承認を得る必要があるため、定款や取締役会規則などの確認は不可欠です。また、場合によっては独占禁止法に基づく企業結合届出が求められることもあるため、大規模なM&Aを実施する際には、公正取引委員会にあらかじめ相談しておかなければなりません。
それ以外にも、上場企業が実施する際には、有価証券報告書や大量保有報告書の提出など、金融商品取引法に基づく開示義務も発生します。
株式取得における法的留意点
株式取得の実行にあたっては、契約内容だけでなく、株主構成や定款の規定、取締役会の承認事項など、会社法に関係する複数の時効に対する検討が必要です。特に非上場会社においては、ほとんどの会社の株式に、譲渡制限が設けられています。そのため、買収側は会社からの承認を得なければなりません。
また、少数株主の権利保護にも配慮が必要です。たとえば、強引な買収によって少数株主が不利益を被る場合、株主総会での反対や訴訟リスクにつながることもあります。さらに、経営陣が買収に同意しない場合には、敵対的買収と見なされ、企業価値毀損や事業活動への悪影響が生じる恐れもあります。
それだけでなく、株式の取得後に、労務・知的財産・契約関係など法的トラブルが表面化するケースもあるため、事前のデューデリジェンスや表明保証条項の設定は不可欠です。
株式取得を成功させるためのポイント
最後に、株式取得を成功に導くための注意点や、事前準備のポイントについて解説します。株式取得を成功させるためには、まず戦略的目的の明確化が不可欠です。単に株式を取得するのではなく、なぜその企業を対象とするのか、どのようなシナジーを期待するのかを事前に定義しておかなければなりません。
次に必要なのが、デューデリジェンスの徹底です。簿外債務や訴訟リスク、従業員構成、ITシステム、知的財産権など多面的に精査し、予期せぬ負債の引き継ぎを防がなければなりません。
また、PMI(統合後のマネジメント)を視野に入れた統合設計も鍵となります。組織文化や意思決定プロセスに大きな差がある場合は、緩やかな連携からスタートし、段階的な融合を図ると良いでしょう。
これらに加え、買収スキームの選定も非常に重要で、譲渡、交換、移転などから状況に応じた方法を選ぶ必要があります。株式取得を行う際には、専門家のアドバイスを受けながらこうした点に留意し、慎重に進めて行くことが大切です。
まとめ
株式取得は、スピーディーかつ柔軟に経営権を獲得できるM&A手法の一つです。譲渡、交換、移転など、さまざまな手法について、それぞれのメリットとリスクを理解したうえで適切な戦略を立てることが成功の鍵となります。
会計・税務・法務面における注意事項を踏まえたうえで、明確な目的意識を持って進めれば、企業を成長させる大きな推進力となるでしょう。
