
M&Aにおける会計処理は、取引の成否を左右する重要な要素です。適切な会計処理を理解していないと、想定外の損失計上や税務リスクに直面するケースが少なくありません。
「買収後ののれん償却が利益を圧迫する」「会計処理の選択によって税負担が大きく変わる」といった事態は、事前の知識があれば回避できるものです。
この記事では、M&A各スキームの会計処理の基本から、のれんの扱い、関連費用の処理まで、実務で役立つポイントを解説します。
これからM&Aに携わる方も、すでに経験がある方も、会計・税務の観点から取引を最適化するための知識を身につけていきましょう。
M&Aにおける会計処理の基本
M&Aでは「財務会計」と「税務会計」という2つの会計処理があります。財務会計は会社の経営状況を株主や投資家に伝えるためのもの。一方、税務会計は税金を計算するためのものです。
わかりやすい例を挙げると、会社を買収したときの「のれん」(買収価格と資産の差額)は、財務会計では数年かけて費用にできますが、税務会計では費用として認められないことが多いです。
この違いを知らないと、思わぬ税金負担が発生することがあります。M&Aを検討するときは、この2つの違いを理解して、将来の利益や税金への影響を予測しましょう。
M&Aにおける財務会計と税務会計の違い
M&Aでは「財務会計」と「税務会計」という2つの会計処理があります。財務会計は会社の経営状況を株主や投資家に伝えるためのもの。一方、税務会計は税金を計算するためのものです。
財務会計と税務会計の基本概念
財務会計は「お金の流れを正しく伝える」ことが目的で、税務会計は「正しく税金を計算する」ことが目的です。M&Aでは両方の視点が必要です。
主な違いは次の3つです。
- 目的:財務会計は情報提供、税務会計は税金計算
- 処理方法:減価償却や引当金の計算方法が違う
- タイミング:収益や費用を計上するタイミングが違う
たとえば、M&Aで生じる費用を財務会計では一度に計上できても、税務会計では数年に分けて計上する場合があります。
M&Aの前に専門家に相談して、思わぬ税金が発生しないよう注意しましょう。
個別会計と連結会計の違い
M&Aでは「個別会計」と「連結会計」の違いも重要です。個別会計は各会社ごとの会計、連結会計はグループ全体をひとつの会社と考えた会計です。
主な違いをわかりやすく表にまとめました。
項目 | 個別会計 | 連結会計 |
---|---|---|
対象 | 1つの会社 | グループ全体 |
のれん | 1つの会社 | 記録する |
グループ内取引 | 通常の取引として記録 | 消去する(なかったことにする) |
例えば、親会社が子会社に商品を売った場合、個別会計では売上・仕入として記録しますが、連結会計ではグループ内で「右のポケットから左のポケットに移しただけ」と考えて消去します。
M&Aにおける主要会計基準
M&Aでは適用する「会計ルール」によって処理方法が変わります。主に日本の会計基準、国際会計基準(IFRS)、アメリカの会計基準(US GAAP)の3つがあります。
基本的には、以下のように会計基準を判断すればよいでしょう。
- 親会社が使っている基準に合わせる
- 将来上場する予定なら、その市場で必要な基準を選ぶ
- 海外企業とのM&Aなら、相手国の基準も理解する
特に「のれん」の処理手法は基準によって大きく異なり、M&A後の利益に直結します。早めに専門家に相談して、最適な会計基準を選びましょう。
日本会計基準・IFRS・US GAAPの比較
M&Aの会計処理は、どの会計ルールを使うかで大きく変わります。主な違いを簡単に説明します。
項目 | 日本基準 | IFRS(国際基準) | US GAAP(米国基準) |
---|---|---|---|
のれん処理 | 20年以内で費用化 | 費用化せず、価値が下がったら減損 | 費用化せず、価値が下がったら減損 |
のれん | 簿価で計算 | 時価で再評価 | 時価で再評価 |
負ののれん | 特別利益として計上 | すぐに利益として計上 | 資産・負債を再評価後に計上 |
例えば、100億円ののれんが発生したM&Aで、日本基準なら毎年5億円(20年償却の場合)の費用が発生しますが、IFRSやUS GAAPでは減損が発生するまで費用計上しません。
M&Aの会計処理と仕訳(スキーム別)
ここでは、M&Aの会計処理と仕訳について、以下3つのスキーム別に紹介します。
- 株式取得と事業譲渡の会計処理
- 組織再編の会計処理
- 第三者割当増資の会計処理
それぞれ詳しく解説します。
株式取得と事業譲渡の会計処理
M&Aの主な方法には「株式取得」と「事業譲渡」があります。株式取得は会社の株を買うこと、事業譲渡は事業に必要な資産と負債だけを買うことです。
比較ポイント | 株式取得 | 事業譲渡 |
---|---|---|
会計処理 | 最初は「関係会社株式」として投資計上。連結すると「のれん」が発生 | 資産・負債を個別に評価して引き継ぎ、差額が「のれん」になる |
手続き | 比較的簡単(株式の売買契約のみ) | やや複雑(資産・負債ごとに個別契約が必要) |
リスク | 見えない負債(簿外債務)や訴訟リスクもすべて引き継ぐ | 引き継ぐ資産・負債を選べるため、リスクを限定できる |
選択性 | 会社全体を丸ごと取得(選択不可) | 必要な資産・負債だけを選んで取得可能 |
コスト | 株式取得税のみ(比較的低コスト) | 不動産取得税、登録免許税など追加コストが発生 |
従業員 | 雇用関係はそのまま継続 | 個別に雇用契約の再締結が必要 |
例えるなら、株式取得は「家を丸ごと買う」ようなもので、事業譲渡は「家具や設備を選んで買う」ようなものです。目的に応じて最適な方法を選びましょう。
買い手側・売り手側の仕訳
株式取得と事業譲渡での買い手・売り手の基本的な会計記録(仕訳)をわかりやすく説明します。
立場 | 仕訳例 | 解説 |
---|---|---|
買い手側 | (借) 関係会社株式 1億円 (貸) 現金預金 1億円 | 株式を「投資」として計上 この時点では損益に影響なし 連結決算時にのれんが発生 |
売り手側 | (借) 現金預金 1億円 (貸) 子会社株式 8千万円 株式売却益 2千万円 | 帳簿価額と売却価額の差額が利益 この利益に対して税金が発生 一般的に約20%の税率(所有割合等による) |
事業譲渡の場合は、以下のような記録を行います。
立場 | 仕訳例 | 解説 |
---|---|---|
買い手側 | (借) 建物・設備など 8千万円 のれん 2千万円 (貸) 現金預金 1億円 借入金など 0円 | 資産・負債を個別に評価して計上 差額がのれんとして計上される のれんは20年以内で償却(日本基準) |
売り手側 | (借) 現金預金 1億円 借入金など 0円 (貸) 建物・設備など 8千万円 事業譲渡益 2千万円 | 資産ののれんと譲渡価額の差が利益 この利益に法人税がかかる 不動産があると登録免許税等も発生 |
事業譲渡では、必要な資産・負債だけを選んで取得できるため、リスクを限定できます。ただし、不動産取得税などの追加コストや、従業員との再契約が必要になります。
組織再編の会計処理
合併などの組織再編が行われる場合は、以下のような会計処理となります。
組織再編方法 | 実施企業 | 仕訳例 | 解説 |
---|---|---|---|
合併(A社がB社を吸収) | A社(存続会社) | (借) 現金・建物など 5千万円 (貸) 借入金など 3千万円 資本金等 2千万円 | B社の資産・負債をそのまま引継ぎ B社の純資産(2千万円)を資本計上 B社は消滅し、A社のみ存続する |
会社分割(A社の一部門をB社へ移す) | B社(承継会社) | (借) 現金・建物など 5千万円 (貸) 借入金など 3千万円 資本金等 2千万円 | A社の特定部門の資産 負債を引継ぎ 純資産相当額を資本計上 A社の一部事業だけを切り出せる |
株式交換(A社がB社を完全子会社化) | A社(親会社) | (借) 子会社株式 1億円 (貸) 資本金等 1億円 | B社株式と引換えにA社株式を発行 B社株主はA社株主になる B社は100%子会社になる |
株式移転(A社とB社が持株会社C社を設立) | C社(新設持株会社) | (借) A社株式 2億円 B社株式 1億円 (貸) 資本金 1.5億円 資本準備金 1.5億円 | A社・B社の株式を取得 C社株式をA社 B社株主に交付 A社・B社は共にC社の完全子会社になる |
グループ再編の形態により仕訳や税務上の取り扱いが異なるため、目的に合わせた最適な方法を専門家と相談して選択しましょう。
第三者割当増資の会計処理
第三者割当増資の会計処理は、以下のように行います。
立場 | 仕訳例 | 解説 |
---|---|---|
発行側企業(A社が1億円の増資を受ける) | (借) 現金預金 1億円 (貸) 資本金 5千万円 資本準備金 5千万円 | 現金を受け取り資本が増える 資本金と資本準備金に分ける 既存株主の持分比率は下がる |
取得側企業(B社がA社株式20%を取得) | (借) 関連会社株式 1億円 (貸) 現金預金 1億円 | 20%以上なら関連会社株式として計上 50%超なら子会社株式として計上 持分比率に応じた経営権を得られる |
第三者割当増資において、発行企業は資金調達ができ、取得企業は出資比率に応じた経営参加が可能になります。出資比率(20%以上50%以下なら関連会社、50%超なら子会社)によって会計処理と経営への関与度が変わります。
M&Aにおける関連費用の処理
M&Aでは本体取引の他に、様々な関連費用が発生します。アドバイザリー費用、デューデリジェンス費用、仲介手数料など、これらの費用の会計・税務処理は案件の採算性に大きく影響します。
費用を「資産計上」するのか「費用計上」するのかによって、財務諸表への影響や税金負担が変わってきます。
M&A関連費用の会計・税務処理
M&Aでは、アドバイザリー費用、調査費用、仲介手数料などの関連費用が発生します。これらの処理は会計基準によって異なります。日本基準では取得原価(買収価格)に含めることが多いですが、IFRSでは発生時に費用処理するのが原則です。
M&A関連費用の会計処理例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 株式取得関連費用
-
取得原価または発生時費用
- 調査費用
-
発生時費用
- 登録免許税・司法書士報酬
-
取得原価
例えば、10億円のM&Aで5千万円の関連費用がかかった場合、日本基準では10億5千万円を取得原価として処理することがあります。税務上は、株式取得費用は原則として取得原価に含まれ、事業譲渡関連費用は一般的にその時点での費用となります。
取得費用・DD費用・仲介手数料の処理
M&A関連費用の処理方法について、詳しく解説します。
費用の種類 | 会計処理(日本基準) | 税務処理 |
---|---|---|
株式取得費用 | 株式の取得原価に含める | 株式の取得原価(資産として計上) |
調査費用(DD費用) | その時点で費用として計上 | その時点で経費として処理 |
仲介手数料 | 取得原価に含めることが多い | 株式の取得原価(資産として計上) |
弁護士・会計士費用 | 内容によって判断 | 内容によって判断 |
M&Aの会計処理を理解するためのポイント
M&Aの成功には、法律や戦略だけでなく、会計処理の理解も欠かせません。適切な会計処理がわからないと、予想外の損失や税負担が発生し、せっかくのM&Aが失敗に終わることも少なくありません。
この項目では、M&A実務において買い手・売り手それぞれが注意すべきポイントを解説します。
買い手が注意すべきポイント
買い手側はM&A後の会計処理が財務諸表に与える影響を事前に考える必要があります。次のポイントに注意しましょう。
- のれん償却で毎年の利益がどれだけ減るか計算する
- 買収した会社の価値が下がるリスク(減損リスク)を評価する
- 連結納税や税効果会計の影響を分析する
また、買収後の統合作業では会計システムの統合や会計方針の調整も重要です。例えば、売り手の粉飾決算リスクに備えて表明保証条項を契約に入れるなどの対策が有効です。
売り手が注意すべきポイント
売り手側はM&A取引による会計上・税務上の影響を事前に評価することが大切です。特に次のポイントに注意しましょう。
- 売却益(または損失)の見積りと税金の計算
- 税金がかからない組織再編の要件を満たせるか確認
- 表明保証条項による将来リスクの検討
高い売却価格を目指すだけでなく、税金を引いた手取り額を最大化することが重要です。スキーム選択や契約条件によって税負担は大きく変わるため、早期に専門家に相談し、最適な出口戦略を考えましょう。
財務DDの重要性とバリュエーション
財務デューデリジェンス(DD)は、買収前の財務調査のことで、M&A成功には欠かせません。主な目的と確認ポイントは、次の通りです。
- 財務諸表が正しいか確認する(粉飾決算がないか調べる)
- 隠れた借金や将来の支払リスクを見つける
- 売上や利益が今後も続くか評価する
- 運転資金(日々の業務に必要なお金)の分析
企業価値評価(バリュエーション)では、将来キャッシュフローの割引法(DCF法)、類似企業比較法、純資産法などを組み合わせて会社の価値を計算します。
財務DDの結果はバリュエーションの基礎となるので、綿密な調査が重要です。
まとめ
この記事では、M&Aにおける会計処理について詳しく解説しました。会計処理は、取引の経済的な実態を財務諸表に正しく反映するための大切な作業です。株式取得、事業譲渡、合併など様々な方法ごとに適切な会計処理を理解することで、M&A後の財務への影響を正確に予測できます。
特に「のれん」の処理や税効果会計は利益や税金に直結するため、慎重に検討しましょう。
M&A会計の重要ポイントは以下の通りです。
- M&A方法を選ぶときは会計・税務の両面から影響を評価する
- 取引前に調査(デューデリジェンス)で隠れたリスクを見つける
- 会計基準の違いを理解し、適切な処理方法を選ぶ