
企業の経営戦略において、株式の持ち合いは重要な役割を果たしてきました。しかし、近年のM&Aの増加やガバナンス強化の流れを受け、その意義や影響を見直す動きが加速しています。
もし、自社の株式構造を正しく理解せずに放置すれば、資本効率の低下や経営リスクの増大を招く可能性があります。
本記事では、株式持ち合いの基本からそのメリット・デメリット、最新の解消事例まで徹底解説。今後の経営戦略を考える上で、必ず押さえておくべきポイントをお伝えします。
株式の持ち合いとは?
株式持ち合いとは、A社とB社がお互いの株式を保有し合う関係を指します。たとえば、以下のような状況が典型的な例です。
- A社がB社の株式を5%保有
- B社がA社の株式を3%保有
- 両社が株主として互いの経営に関与
このような株式保有の関係は、単なる投資とは異なり、以下の特徴を持っています。
- 長期保有が前提となっている
- 議決権行使を通じた経営への影響力を持つ
- 株主総会での賛同が期待できる
- 企業間の結びつきを強める効果がある
M&Aや事業承継を検討する際は、このような株式持ち合いの関係を正確に把握することが重要です。特に、持ち合い比率や相手企業との関係性は、今後の経営戦略に大きく影響する要素となります。
株式の持ち合いの目的
株式の持ち合いは、以下のような目的を持って実施されています。
- 企業間の信頼関係の強化と長期的な取引関係の維持
- 安定株主の確保による経営の安定化
- 敵対的買収に対する防衛策としての機能
- 企業グループ内での結束力の向上
一般的に、企業グループ内での持ち合いはグループ経営の強化を、重要取引先との持ち合いは取引関係の安定化を、そしてメインバンクとの持ち合いは資金調達の安定化を目的としています。
近年のM&A増加に伴い、株式持ち合いの見直しが重要なテーマとなっています。自社の将来を見据えた戦略として、株式構造の適切な設計が求められているのです。
株式の持ち合いの歴史と変遷
株式持ち合いの歴史は、日本の高度経済成長期に遡ります。その変遷には、以下のような特徴があります。
- 1950年代:財閥解体後の企業グループ再編の中で持ち合いが始まる
- 1960年代:資本自由化への対応として持ち合いが本格化
- 1970-80年代:安定株主工作の一環として最盛期を迎える
- 1990年代:バブル崩壊により持ち合い解消の動きが加速
- 2000年代以降:コーポレートガバナンス強化の流れで更なる見直しが進む
特に重要なのは、1990年代以降の変化です。バブル崩壊による株価下落で、多くの企業が持ち合い株式の含み損を抱えることになりました。また、グローバル化の進展により、海外投資家から持ち合いへの批判が強まったことも大きな転換点となっています。
株式の持ち合いが生まれた背景
日本の株式持ち合いは、1950年代の財閥解体を契機に広がりました。
企業グループの再編成過程で新たな企業間関係の構築が必要となり、1960年代には資本自由化による外資からの買収防衛策としても活用されました。
さらに高度経済成長期には、企業の旺盛な資金需要を背景に、メインバンク制度と結びついて金融機関との持ち合いも定着。こうして日本独自の株式持ち合い構造が形成された背景があります。
株式の持ち合いと混同しやすい概念との違い
株式の持ち合いは他の企業間取引の形態と混同されやすい概念です。特に「資本参加」「業務提携」「持株会社」との違いを正確に理解していないと、経営戦略の立案や実行に支障をきたす可能性があります。
それぞれの形態には明確な特徴があり、経営目的や状況に応じて使い分ける必要があります。ここでは、株式持ち合いと混同されやすい各概念の違いを詳しく解説していきます。
資本参加との違い
株式持ち合いは企業同士が互いに株を保有する「双方向」の関係、資本参加は一方の企業が他方の株を取得する「一方向」の投資形態です。
資本参加では投資側が経営に影響力を持ちますが、投資を受ける側は株を保有しないのが一般的です。どちらも経営権の取得を目的としない資本提供の側面を持ちますが、関係性の構造に大きな違いがあります。
業務提携との違い
業務提携は、ある目的のために協力する関係を指します。一方、株式持ち合いは資本関係を通じて、より強固な企業間の結びつきを作り出すことが目的となっています。
持株会社との違い
持株会社は、複数の企業の株式を保有し、グループ全体を統括する親会社の役割を担います。一方、株式持ち合いは、企業同士が対等な立場で相互に株式を保有する関係です。
持株会社は明確な指揮系統のもと統一的な戦略を進められるのに対し、株式持ち合いは各企業の独立性を保ちつつ、安定した協力関係を維持できます。
株式の持ち合いと議決権の制限
株式持ち合いでは、通常の株式保有とは異なり、議決権に一定の制限が課されることがあります。特に、相互保有株式に関する規制として、発行済株式総数の4分の1を超える場合、保有企業の議決権が制限されます。
これは、企業間の相互牽制を維持し、健全な企業統治を確保するための措置です。
株式の持ち合いのメリット
株式持ち合いには、企業経営において重要なメリットがいくつか存在します。特にM&Aや事業承継を検討する経営者にとって、これらのメリットを正確に理解することは、将来の経営戦略を立てる上で重要な判断材料となります。
ここでは、株式持ち合いがもたらす主要なメリットについて、具体的な事例を交えながら解説していきます。
敵対的買収の防衛策となる
敵対的買収は、企業の経営陣の同意なく株式市場で株式を買い集め、支配権を獲得しようとする行為を指します。このような突発的な買収は、企業の長期戦略や従業員の雇用に重大な影響を与える可能性があります。
株式の持ち合いで、信頼できるパートナー企業との間で株式を持ち合うことで、市場での流通株式数を制限し、買収者による株式集積を困難にする防衛策として機能します。
経営の安定につながる
株式持ち合いは、企業経営の安定化に寄与する重要な仕組みです。通常の株主が短期的な株価変動や配当を重視するのに対し、持ち合い株主は長期的な関係を重視します。
そのため、株主総会での議決権行使において経営陣の提案に協力的で、中長期的な経営戦略を安定して実行できる環境が整います。さらに、市場での株価変動も抑制され、経営の自由度が高まるメリットがあります。
企業間の結束力を強化できる
株式持ち合いは、企業間の結束力を高める効果的な手段です。単なる取引関係や業務提携とは異なり、株式を通じた資本的な結びつきにより、より強固なパートナーシップを構築することができます。
この結束力の強化は、事業面で具体的なメリットをもたらします。たとえば、重要な取引先との安定的な関係維持や、新規事業における協力体制の構築がスムーズになります。
また、経営課題に直面した際も、持ち合い企業同士で支援し合える関係を築きやすくなります。
株式の持ち合いのデメリット
企業経営において、株式持ち合いには重要なメリットがある一方で、看過できないデメリットも存在します。
特にM&Aや事業承継を検討する経営者は、これらのデメリットを十分に理解した上で意思決定を行いましょう。
少数株主の意向が反映されにくくなる
株式持ち合いには、少数株主の権利や利益が軽視されやすいという問題があります。持ち合い企業同士が互いの経営判断を支持し合う関係にあるため、一般株主の意見が議決権行使に反映されにくくなってしまいます。
これは、企業の透明性や説明責任の観点から大きな課題となります。特に事業承継やM&Aを検討する際は、少数株主の権利保護についても慎重な検討が必要です。
専門家に相談しながら、適切なガバナンス体制の構築を目指すことをおすすめします。
株主による監視機能が低下する
株式持ち合いは、企業経営の監視機能を弱める要因となります。持ち合い企業同士は互いの経営判断を支持しやすく、不採算事業の継続や非効率な投資が見過ごされがちです。
経営改革や事業再編の遅れにもつながり、特にM&Aや事業承継では企業価値に影響を与える可能性があります。経営の規律を保ちつつ、適切な株主構成を検討することが重要です。
資本効率の悪化・株価下落リスクがある
株式持ち合いは資本効率に影響を与えます。持ち合い株式は売却されにくいため資本が固定化し、資金運用の妨げとなります。
さらに、株価下落による含み損が企業の財務健全性を脅かすリスクもあります。この問題はM&Aや事業承継の企業価値評価にも影響を与えるため、経営者はリスクを正確に把握し、必要に応じて持ち合い関係の見直しを検討することが重要です。
専門家の助言を活用し、最適な資本構成を目指しましょう。
株式の持ち合いの解消が進む理由
日本の企業社会で長年続いてきた株式持ち合いですが、近年その解消が急速に進んでいます。ここでは、この変化の背景にある重要な要因を解説していきます。
金融市場と企業の資本戦略が変化した
企業の資本戦略は、1990年代以降大きく変化しています。かつては安定株主の確保が最優先されましたが、現在は資本効率の向上が重要視されるようになりました。
この変化の背景には、グローバル化による投資家の目線の変化があります。ROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)などの指標が重視され、非効率な資本運用は厳しく評価されるようになりました。
特にM&Aや事業承継を検討する経営者にとって、この変化は無視できません。持ち合い解消を通じた資本効率の改善が、企業価値向上の重要な選択肢となっているのです。
規制強化と開示ルールが厳格化した
規制強化と企業情報開示ルールの厳格化も株式持ち合いの解消が進む1つの要因です。特に企業統治に関する法制度の整備により、従来の持ち合い構造の維持が難しくなってきています。
具体的には、金融商品取引法や会社法の改正により、大量保有報告制度が強化され、持ち合い状況の詳細な開示が求められるようになりました。
また、コーポレートガバナンス・コードの導入により、持ち合い株式の保有目的や合理性について、より厳密な説明が必要となっています。
海外投資家からの批判があった
株式の持ち合いの解消が進む要因の1つは、海外投資家からの強い批判です。グローバル化の中で、機関投資家は持ち合いをコーポレートガバナンス上の問題と指摘し、経営の非効率性や監視機能の低下を懸念しています。
株式の持ち合いは株主価値の最大化を阻害する要因とされ、M&Aや事業承継を検討する企業にとって重要な課題です。適切な資金調達や企業価値の向上には、持ち合い構造の見直しが求められます。
バブル崩壊によって景気が悪化した
バブル経済の崩壊は、日本企業の株式持ち合い構造に大きな転換点をもたらしました。1990年代初頭の株価暴落により、多くの企業が持ち合い株式の含み損に苦しむことになりました。結果として、持ち合い株式を売却し、資金にせざるを得ない状況が発生したのです。
この経験は、持ち合い株式が企業経営にもたらすリスクを浮き彫りにしました。株価下落による財務状況の悪化は、本業の業績にも大きな影響を及ぼし、多くの企業が持ち合い解消を余儀なくされました。
日本の金融機関の姿勢が変化した
日本の金融機関、特に銀行の経営姿勢の変化も、株式持ち合いの解消を加速させた重要な要因です。
バブル崩壊後の不良債権問題や金融規制の強化により、銀行は従来の株式持ち合い戦略を大きく見直すことになりました。 金融機関は、自己資本規制(BIS規制)の強化に対応するため、リスク資産である株式の保有を削減する必要に迫られました。
また、収益性重視の経営へと転換する中で、政策保有株式の見直しを進めています。
株式の持ち合いの解消方法
企業が株式持ち合いを解消する方法は複数存在します。ここでは、その具体的な手法について、それぞれのメリットとデメリットを踏まえながら解説していきます。
第三者への売却
第三者への売却は、持ち合い株式を解消する最も一般的な方法です。市場での売却や、特定の投資家への相対取引を通じて、持ち合い株式を現金化することができます。
ただし、売却価格を決定する際には先方の企業と入念にすり合わせを行うことが大切です。
自社株買い
自社株買いは、企業が市場から自社株を買い戻す取引で、持ち合い企業の売却ニーズに応えつつ1株当たりの企業価値を高める手法です。
株主還元と持ち合い解消を同時に実現でき、発行済株式数の減少によりEPS向上が期待できます。また、取引先との関係に配慮した円滑な解消も可能です。
ただし、キャッシュフローの悪化や借入増加のリスクがあるため、慎重な判断が求められます。
企業間の株式交換や統合
企業間の株式交換や統合は、持ち合い解消の戦略的な手法です。この方法では、持ち合い株式を活用して企業の合併や統合を実現し、より強固な事業基盤を構築することができます。
たとえば、長年の取引関係にある企業同士が、持ち合い株式を活用して経営統合を行うケースがあります。これにより、単なる持ち合い解消以上の相乗効果が期待できます。
企業の事例:株式の持ち合い解消の実例
企業による株式持ち合いの解消は、近年ますます加速しています。ここでは、実際の企業事例から、持ち合い解消の具体的な進め方とその効果について解説していきます。
近年の解消事例
近年、多くの日本企業が株式の持ち合いを解消しています。例えば、2019年には富士通がKDDIやみずほフィナンシャルグループなど85銘柄45銘柄を売却しました。
一方、トヨタ自動車は日本製鉄の株式を売却しつつ、スズキやウーバーテクノロジーとの資本提携を強化しています。このような動きは、資本効率の向上や経営の透明性を高めるためとされています。
参照:日本経済新聞
解消後の企業経営の変化
株式の持ち合いを解消すると、企業経営にいくつかの重要な変化が生じます。まず、相互に株式を保有していた企業間の資本関係が整理され、経営の透明性が向上します。
また、企業は保有していた株式を売却することで資金調達が可能となり、株式市場の流動性も高まるため、投資家からの評価向上や企業価値の向上が期待できるでしょう。
しかし、持ち合い解消により安定株主が減少するため、敵対的買収のリスクが高まる可能性があります。そのため、企業はコーポレート・ガバナンスの強化や買収防衛策など、新たなリスクマネジメントを講じる必要があります。
まとめ
株式持ち合いは、日本の企業社会で長年続いてきた独自の経営戦略ですが、近年その在り方は大きく変化しています。
特にM&Aや事業承継を検討する経営者は、持ち合い関係が企業価値に与える影響を慎重に見極める必要があります。自社の将来を見据えた適切な判断のために、専門家への相談を検討することをおすすめします。