株式交付とは?仕組み・株式交換との違い・上場会社の活用事例まで徹底解説

株式交付は、企業が自社の株式を対価として他の会社を子会社化できる制度です。現金を使わずにM&Aを実行できる仕組みとして、2021年の制度導入以来、多くの企業経営者の間で関心が高まっています。

そこで本記事では、株式交付の仕組みや手続きの流れ、他の制度との違い、メリットやリスク、そして実際の活用事例までをじっくりと解説していきます。

目次

株式交付の基本と株式交換との違い

はじめに、株式交付の概要と、他の手法との違いから確認していきましょう。

株式交付とはどのような制度か

株式交付とは、株式会社が他の株式会社を子会社化する際に、自社の株式を対価として交付するM&A手法のことです。現金を用いずに他社の支配権を得られるため、買収コストを抑えながらグループ拡大を図ることができます。

株式交付は、企業間の柔軟な再編を促す目的で、2021年の会社法改正により導入されました。従来の株式交換では、相手企業の全株式を取得して完全子会社化する必要がありましたが、株式交付では過半数の取得で足りる点が大きく異なります。

ただし、株式交付を行うためには、親会社・子会社のいずれも日本の株式会社でなければなりません。まだまだ制度が新しいことから、実務上のノウハウは蓄積途上ではありますが、上場企業を中心に導入事例が増えつつあります。

株式交換・株式譲渡・株式移転との違い

株式交付とよく比較される手法に、株式交換・株式譲渡・株式移転があります。株式交換は、親会社が子会社の全株式を取得することで完全子会社化を行う制度であり、株式交付よりも強い支配関係を築くのに適しています。

一方、株式譲渡は契約によって柔軟に進められる反面、会社法による保護や手続きが少ない点には注意が必要です。また、株式移転は、複数の企業が新設する持株会社に株式を移す再編手法であり、グループ再編の目的に用いられます。

これらと比べ、株式交付は中間的な性質を持ち、過半数の取得で子会社化できるため、柔軟な戦略に対応することが可能です。

株式交付のメリット

株式交付には、さまざまなメリットがあります。その中でも特に代表的なものが、以下の3つです。

資金不要でM&Aが可能になる

株式交付の最大のメリットは、現金を使わずにM&Aを実現できる点です。買収資金を用意せずに他社を子会社化できるため、資金繰りに余裕のない企業でも、積極的にM&A戦略を進めることが可能です。

特に上場企業であれば、自社株式に一定の市場価値があるため、交付する株式が実質的な買収通貨の役割を果たします。また、現金を温存しながら事業ポートフォリオを拡大できるため、財務戦略上の柔軟性を高める効果もあります。

柔軟なスキームと簡易制度の活用

株式交付は、過半数の株式取得によって子会社化できるため、株式交換のように全株取得を前提としない点で柔軟性があります。また、取得価額が純資産の20%以下であれば、簡易株式交付制度を利用して株主総会の承認を省略することも可能です。

そのため、スピーディーな意思決定が求められるケースでも対応しやすくなります。さらに、従来のスキームでは難しかった持分比率調整や段階的な出資増加にも適しており、目的に応じた多様な設計が可能です。

株式対価による税制優遇の活用

株式交付では、交付の対価のうち株式が80%以上を占める場合、譲渡益課税の繰延べが認められています。そのため、個人株主や創業者が多くの株式を保有する中小企業の場合、この税制上の優遇措置は実質的な手取りを増やす大きなメリットとなります。

ただし、2023年度の税制改正では、同族会社間の取引については繰延べ対象から除外されるケースが明確化されました。そのため、制度の恩恵を受けるには、適用要件を事前に確認しておくことが大切です。

株式交付のデメリット・リスク

株式交付には、上述のメリットがある反面、いくつかのデメリットがあります。その中でも代表的なものが、以下の3つです。

株主構成の変化と経営権の希薄化

株式交付では、自社株を対価として相手企業の株主に交付するため、交付後に親会社側の株主構成が変化する恐れがあります。特に、創業者の持株比率が低い企業では、新たな株主の影響力が高まり、経営権の希薄化につながるケースもあります。

こうした事態が生じると、経営の安定性が損なわれたり、意思決定のスピードが低下したりする可能性が生じかねません。また、上場企業においては、既存の安定株主との力関係が変化することで、敵対的買収のリスクが増すといった副作用も考えられます。

制度の新しさゆえの実務対応の難しさ

株式交付は比較的新しい制度であり、実務運用のノウハウがまだ十分に蓄積されていないのが現状です。特に、株式交付計画の作成や手続き上の書類整備など、形式面での対応に時間と労力を要する場面が少なくありません。

また、会計処理や税務上の取り扱いについても、既存のM&Aスキームとは異なる判断を求められる場合があるため、慎重に検討を行わなければなりません。専門家の支援を得ることでリスクを軽減できますが、その分コストや調整負担も増えてしまいます。

中小企業にとってのハードル

株式交付は制度上、上場・非上場を問わず利用できる仕組みですが、実際には中小企業にとって多くの壁が存在します。まず、自社株式の適正な評価です。

市場価格が存在しない未上場企業の場合、第三者評価が必要になるため、専門家への依頼コストや時間が発生します。さらに、株主が少数で構成されている中小企業では、持株比率の調整や合意形成が難航するケースも想定されます。

加えて、法的手続きや公告・開示にかかる実務負担は決して軽くありません。これらの対応を社内リソースだけで完結させるのは困難であるため、制度の活用には相応の準備と外部支援の検討が必要となるでしょう。

株式交付の手続きと流れ

制度を活用するためには、会社法に定められた一連の手続きが必要です。そこで本章では、計画の作成から発効までの流れを、順を追って解説します。

株式交付計画の作成と株主総会の承認

株式交付を実行するためには、まず「株式交付計画」の作成が必要です。これは親会社となる企業が作成し、交付する株式の内容や子会社化の目的などを明記した文書です。

会社法では、この計画を親会社の株主総会で特別決議により承認を得ることが義務付けられています。また、計画内容は対象会社にも通知され、承諾を受ける必要があります。

計画には、効力発生日、対価となる株式の内容、株式数、対象会社の概要などが記載されるのが一般的です。このプロセスを経ることで、法的な正当性を確保しながら、株式交付を円滑に進めることができます。

簡易株式交付が認められる場合の手続き

親会社が交付する株式の価額が、その会社の純資産額の20%以下である場合、株式交付を行うために株主総会の承認手続きを省略することができます。これを「簡易株式交付制度」と言います。

この科に株式交付制度の要件に該当すると、手続きが簡易化されるため、小規模な再編やスピーディーな対応が求められる場面では非常に効果的です。ただし、簡易手続きが認められるのは親会社側の手続きに限られるため、対象会社側での承認や通知は引き続き必要となります。

開示義務と効力発生日の流れ

株式交付を実施する際には、会社法に基づき開示義務も発生します。まず、株主総会に先立って、株式交付計画や財務諸表などの重要な資料を本店に備え置く「事前開示」が必要です。

さらに、手続き完了後には、株式交付の内容や効力発生日、対価の内容などを示す「事後開示」も行わなければなりません。

また、交付計画に伴い債権者保護手続き(公告・催告)を行う必要がある場合もあるため、スケジュール管理は非常に重要です。なお、効力発生日は通常、株主総会の決議日から数週間後に設定され、そこから対象会社が正式に子会社として扱われることになります。

税制と法改正の影響

株式交付の活用にあたっては、制度面だけでなく、税制や法改正の動向にも十分な注意が必要です。優遇措置の条件や改正内容を整理しておきましょう。

税制優遇措置と繰延要件の基本

株式交付では、一定の条件を満たせば譲渡益に対する課税を繰り延べることができます。この「課税繰延制度」は、譲渡側の株主にとって実質的な納税タイミングを後ろ倒しにできるメリットがあり、手元資金の確保という観点からも大きな利点といえます。

ただし、税の繰延べを適用するためには、交付される対価のうち80%以上が株式であることが必要で、加えて対象会社が日本国内に本店を有する法人でなければなりません。こうした要件を満たした場合、自社株を買収対価とする株式交付が可能になります。

令和5年度税制改正による適用範囲の見直し

令和5年度の税制改正では、株式交付における繰延措置の適用範囲が明確に見直されました。なかでも大きな変更点は、同族会社間での株式交付に対して、譲渡益の繰延べが適用されない可能性があるとされたことです。

これは、家族や経営者同士が密接に関係する企業間で課税を意図的に回避する取引が行われることを防ぐための措置です。また、形式的な要件を満たしていても、事業の実態や経済合理性が乏しい場合には、税務上の否認リスクがある点も明確に示されました。

そのため、株式交付を実施する際には、対価の構成比率だけでなく、取引の背景や目的についても十分に検討しておかなければなりません。

会社法上の制度整備と今後の展望

株式交付は、2021年の会社法改正によって新設された制度であり、現金での支出をともなわない企業再編や戦略的M&Aとして期待されています。導入当初は実務上の前例が少なく、対応に戸惑う企業も多く見られましたが、最近では税制の整備や法務省による運用指針の周知などが進んだことから、少しずつ活用事例が増えています。

株式交付であれば、株式交換のように、対象企業の全株取得は必要ありません。そのため、戦略的な出資や段階的なグループ形成に非常に適しています。今後は、制度を活用した具体的な事例の蓄積が進むにつれ、より実務に即した手続きの標準化や、さらなる制度改正が進んで行くことでしょう。

上場企業による株式交付の活用事例

最後に、上場企業による株式交付の活用事例を2例紹介します。

GMOインターネットによるOMAKASEの株式交付買収

2021年6月21日、GMOインターネットは、飲食店予約管理サービス「OMAKASE」を展開する株式会社OMAKASEの株式61.5%(40万株中24万6,069株)を取得し、子会社化しました。

このM&Aが、2021年3月の会社法改正で導入された株式交付制度を活用した初のスタートアップ買収事例です。

対価として、OMAKASEの普通株式1株に対し、GMOインターネットの普通株式3.677株と現金371円が割り当てられました。GMOインターネットは、OMAKASEが有する顧客基盤と、同社のEC支援事業や決済事業とのシナジーを見込み、両社の中長期的な企業価値向上を図ることを目的としています。

トレンダーズによるクレマンスラボラトリーの子会社化

2022年2月7日、トレンダーズ株式会社は、化粧品や健康食品、美容機器の企画・販売を手がける株式会社クレマンスラボラトリーの全株式(20株)を取得し、完全子会社化しました。買収対価は、現金2,165万円と自社株式1万株(835万円相当)の合計3,000万円で構成され、現金と株式を組み合わせた「混合対価型M&A」となっています。

クレマンスラボラトリーは、美容医療や再生医療施術の開発に携わってきた平野香奈絵氏が2019年に創業し、2021年1月期の売上高は538万円、営業損失118万円、純資産97万3,000円です。

トレンダーズは、美容メディア「MimiTV」やインフルエンサーネットワークを活用したデジタルマーケティング支援を展開しており、今回の子会社化により、美容医療・再生医療領域におけるDX支援やマーケティング支援、医療施術・製剤及び専売品の開発などに取り組むことで、業界課題の解決及びグループのさらなる価値向上を図るとしています。

まとめ

株式交付は、現金を使わずに他社を子会社化できる柔軟なM&A手法として注目を集めています。制度の創設以降、税制や法制度の整備も進み、上場企業を中心に活用が広がっています。

一方で、経営権への影響や実務上の負担といった課題もあるため、活用にあたっては制度の趣旨と要件を正しく理解することが大切です。今後の活用事例の増加とともに、制度の実務定着が進むことが期待されます。

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この記事を書いた人

「一社でも多くの廃業をなくす」をミッションとし、M&A・事業承継の情報をわかりやすく発信。
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