
役員退職金の処理方法や計算方法においては、適切に理解し対応しないと、思わぬ税務リスクを抱えることになりかねません。また、多くの中小企業経営者や役員が、退職金の支給時期や金額設定に関する知識不足から、本来節税できるはずの機会を逃しているケースもあります。
本記事では、役員退職金の基本から税務処理、支給プロセスまで、税務調査にも耐えうる正しい知識を徹底解説します。
最後まで読むことで、会社と役員双方にとって最適な退職金設計ができるようになります。ぜひ参考にしてみてください。
役員退職金とは?
役員退職金は、会社の取締役や監査役などの役員が退任する際に支給される「退職慰労金」です。一般従業員の退職金は会社の退職金制度に基づいたものですが、役員退職金は扱いが異なり、株主総会や取締役会での決議が必要となり、法人税法上の取り扱いも特殊です。
また、中小企業では役員退職金が経営者の老後資金として重要な役割を果たすケースが多く、適切な設計と税務処理が求められます。
加えて、役員退職金は企業にとっては損金算入の対象となりうる一方、不相当に高額な部分は損金不算入となるリスクもあるため、慎重な対応が必要でしょう。
役員退職金の種類
役員退職金には主に以下の3種類があります。それぞれ税務上の取り扱いが異なるため、正確に理解しておく必要があります。
任期満了退職金 | 役員の任期が満了し退任する際に支給される退職金です。最も一般的なケースで、通常の退職所得として扱われます。 |
死亡退職金 | 役員が在任中に死亡した場合に遺族に支給される退職金です。相続税の課税対象となりますが、一定の非課税枠があります。 |
分掌変更退職金 | 役職の変更(例:代表取締役から平取締役へ)の際に支給される退職金です。税務上は厳しい判断基準があり、実質的な退職と認められない場合は給与所得として扱われます。 |
これらの種類によって税務処理が大きく変わるため、支給目的を明確にしておくことが重要です。
役員退職金と一般的な退職金の違い
役員退職金と一般従業員の退職金には、以下のような違いがあります。
項目 | 役員退職金 | 一般従業員の退職金 |
---|---|---|
決定方法 | 株主総会・取締役会の決議 | 就業規則や退職金規程による |
金額の決定 | 比較的自由に設定可能 | 規程に基づき算定 |
税務上の扱い | 不相当に高額な部分は損金不算入 | 原則として全額損金算入 |
支給の法的義務 | 明確な規程がない限り法的義務なし | 規程があれば法的義務あり |
役員退職金は一般従業員と比べて自由度が高い反面、税務調査の対象になりやすい特徴があります。そのため、同業他社の支給水準や過去の実績を参考にして、合理的な金額設定を行うことが重要です。
役員退職金の支給メリットとデメリット
役員退職金は支給する法人、支給される役員の両方にとってメリットがあります。その一方で、デメリットも存在するため、適切に理解することが重要です。
ここでは、メリット・デメリットを詳しく解説します。
企業側のメリット
企業側にとって役員退職金を支給する主なメリットは以下の通りです。
- 損金算入による節税効果がある
- 社会保険料を納付する必要がない
このように、税制上のメリットが大きいです。
役員側のメリット
役員個人にとっての役員退職金のメリットは、退職所得は税制上の優遇があることです。退職所得の金額は、以下のように計算されます。
また、退職所得控除は以下のように計算されます。
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × A(80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 × (A – 20年) |
ただし、役員としての勤続年数が5年以下の場合には、1/2にならないため、注意が必要です。
役員退職金のデメリット
役員退職金は多くの会社で導入されていますが、いくつかの重要なデメリットと税務上のリスクがあります。
まず、資金繰りへの影響が挙げられます。退職金は一度に大きな金額を支払うため、特に中小企業では資金繰りを圧迫する恐れがあります。運転資金の不足や設備投資の機会損失につながることもあるため、計画的に退職金引当金を積み立てておくことが効果的です。
また、税務調査におけるリスクも無視できません。税務当局は役員退職金を重点的にチェックする傾向があります。特に注意すべきなのは、以下の4つです。
- 企業規模や業績に見合わない不当に高額な退職金
- 明確な基準なく決められた恣意的な算定方法
- 退任後に突然決定された後付けの退職金
- 同じ役職なのに特定の人だけが高額な退職金を受け取る
これらは税務調査で指摘されやすく、損金算入が認められないケースもあります。 これらのリスクを軽減するためには、明確な退職金規程を作成し、業界水準に基づいた適切な金額設定を行うことが重要です。
退職金は節税対策として有効ですが、適切な計画と透明性のある運用が不可欠と言えるでしょう。
役員退職金の2種類の計算方法
役員退職金は、会社が自由に金額を設定できます。しかし、常識的な範囲を超えると税務調査で指摘されることがあるため、主に以下の2つの方法を用いることが多いです。
それぞれ詳しく解説します。
功績倍率法
功績倍率法は、役員の最終報酬月額に在任年数と功績倍率を乗じて退職金を計算する方法です。計算式は以下の通りです。
また、鉱石倍率は企業への功績の度合いを反映した倍率で、一般的には以下のような数値で計算します。
役職 | 小規模企業 | 中規模企業 | 大規模企業 |
---|---|---|---|
会長・社長 | 2.0~3.0 | 2.5~3.5 | 3.0~4.0 |
専務取締役 | 1.5~2.5 | 2.0~3.0 | 2.5~3.5 |
常務取締役 | 1.2~2.0 | 1.5~2.5 | 2.0~3.0 |
取締役 | 1.0~1.5 | 1.2~2.0 | 1.5~2.5 |
税務調査で問題にならないよう、同業他社や業界の平均値を参考にして適切な倍率を設定することが重要です。過度に高い倍率を設定すると、税務調査の対象となる可能性が高まります。
1年当たり平均法
1年当たり平均法は、役員退職金を算定する際によく用いられる手法です。この方法では、役員が在任していた1年あたりの退職金額をまず設定し、それに実際の在任年数を乗じて総額を計算します。
具体的な計算式は次のようになります。
例えば、1年あたり120万円と設定した場合、10年間役員を務めた方の退職金は1,200万円(120万円×10年)です。
中小企業においては、一般的に1年あたり100万円前後を目安に設定するケースが多く見られます。
ただし、この金額は絶対的なものではなく、以下のような要素を考慮して適切に設定すべきでしょう。
- 会社の規模(資本金、売上高、従業員数など)
- 会社の業績や収益状況
- 業界の標準的な水準
- 役員の職責や貢献度
- 同業他社の役員退職金水準
- 会社の将来的な資金繰り
役員退職金に関する税金の取り扱い
役員退職金の税務処理は、企業側と役員個人側の両方の視点から理解する必要があります。適切な処理を行わないと、税務リスクが生じる可能性があるため注意が必要です。
企業側の税務処理
企業側では、役員退職金を損金算入することができますが、いくつかの条件があります。
- 適正な金額であること
- 株主総会等の決議があること
- 退職金規程等の整備
損金算入が認められれば、企業の課税所得を減少させ、法人税等の節税効果が得られます。
損金算入のタイミング
役員退職金の損金算入時期には、以下の2つのパターンがあります。
- 確定時: 株主総会等での支給額決議時に損金計上
- 支給時: 実際に支払う時点で損金計上
一般的には確定時に損金計上するケースが多いですが、資金繰りの関係で支給を複数年に分ける場合は、会計処理と税務処理の整合性に注意が必要です。
また、それぞれ以下のような仕訳を行います。
確定時 | (借) 役員退職金 XXX (貸) 未払金 XXX |
支給時 | (借) 未払金 XXX (貸) 現金預金 XXX |
分割払いの場合は、未払金の一部のみを支払う仕訳となります。また、源泉所得税の徴収が必要な場合は、その分を控除した金額を支払います。
役員側の税金負担
役員側は基本的に確定申告を行う必要はありません。ただし、医療控除などの適用を受ける際には確定申告が必要であり、金額を記載しなければなりません。
役員退職金の支給プロセス
役員退職金の支給には、正式な手続きを行い適切な文書化が必要不可欠です。特に税務調査の際に確認されることが多いため、手続きを適切に行うことが重要です。
役員退職金について定款で定められていない場合は、株主総会で支給方法や金額などが決議されることとなります。
ただし、一般的には取締役会で決議が行われ、総意として決定される場合が多いです。これは、株式総会に一般株主も参加しているため、会社運営を行っている取締役会で扱った方がスムーズだという考えがあるからです。
役員退職金の税務調査リスクを解消するために理解すべきポイント
役員退職金は税務調査の対象になりやすいため、以下のポイントを理解し、適切に対応することが重要です。
損金算入時期
役員退職金の損金算入時期については、以下の点に注意が必要です。
- 確定時の要件
- 分割支給の取扱い
- 引当金の取扱い
特に中小企業では、退職金の支給が企業の資金繰りに大きな影響を与えるため、計画的な準備と適切な税務処理が重要です。
分掌変更による役員退職金
分掌変更(役職の変更)に伴う退職金が退職所得として認められるためには「実質的な退職」と判断される必要があります。
地位や職務の重大な変更 | 例:代表取締役から平取締役への降格など、責任や権限が明確に変わること |
報酬の大幅な減少 | 基準:約7割程度の減少が目安 例:月額100万円から30万円になるなど |
実質的な勤務関係の変化 | 例:常勤から非常勤への変更、出社日数の大幅減少など |
これらの条件を満たさない場合、税務調査で「実質的な退職ではない」と判断され、退職所得ではなく給与所得として課税される可能性が高まります。
給与所得として課税された場合、税負担が大幅に増加するため、分掌変更退職金を支給する際は慎重な検討が必要です。
まとめ
役員退職金は退職する役員に対して支払われる退職金であり、全額を損金として計上できます。
しかし、役員退職金は税務調査の対象になりやすいため、事前に税理士などの専門家に相談し、適切なアドバイスを受けることをおすすめします。
本記事の内容を参考に、自社に最適な役員退職金の制度設計を行ってください。