買収防衛策とは?種類・導入企業・事例をわかりやすく解説|メリット・デメリットも紹介

突然の敵対的買収は、企業の独立性や株主価値を脅かす重大リスクとなり得ます。近年は、防衛策の有効性や必要性を見直す企業も増えており、そのあり方が改めて注目されています。

本記事では、代表的な手法から最新の事例、導入企業の動向、導入時の注意点までを網羅し、買収防衛策の今をわかりやすく解説します。

目次

買収防衛策とは

買収防衛策とは、企業が望まない買収や敵対的買収から自社を守るために講じられる対策の総称です。上場企業は誰でも株式を取得できるため、企業の継続性や株主価値が脅かされるリスクがあります。こうした事態に備え、経営陣は法的枠組みに則って様々な手段を導入しています。

ここでは、買収防衛策の基本的な意味と導入目的について解説します。

買収防衛策の基本的な意味と導入目的

買収防衛策の本質は、企業価値や株主共同の利益を守ることにあります。敵対的買収者は短期的な利益を目的として、企業の資産や技術を取得しようとする場合があるため、こうした動きから自社を保護する役割が買収防衛策にはあります。

実際には、主に三つの導入目的があります。第一に、買収提案の検討時間の確保です。突然の買収提案に対して判断するための時間的猶予を得られます。第二に、交渉力の強化が挙げられます。防衛策があることで買収者とより有利な条件で交渉できる可能性が高まるでしょう。第三に、株主への情報提供機会の確保です。買収の是非を判断するために必要な情報を株主に提供する時間を確保できます。

買収防衛策の種類|事前・事後・第三者型の分類

買収防衛策は、導入のタイミングや方法によって大きく三つに分類できます。

まず、「事前警告型」で、買収の動きが出る前に予め導入しておく防衛策です。次に「有事導入型」では、実際に買収の提案があった後に導入する方法となります。さらに

「第三者利用型」は、友好的な第三者の協力を得て買収を防ぐ手法です。

日本企業においては事前警告型が主流ですが、近年は株主価値重視の観点から導入方法や内容が洗練されてきました。

ここでは、実務で活用されている主な買収防衛策について解説します。

主な買収防衛策11選(ポイズンピル・黄金株など)

企業が活用できる買収防衛策は多岐にわたります。それぞれの特徴と効果について詳しく見ていきましょう。

主な買収防衛策11選
ポイズンピル(毒薬条項)

最も一般的な防衛策の一つです。買収者が一定比率(典型的には20~30%)の株式を取得した場合に、既存株主に対して割安で新株を取得できる権利を付与します。これにより買収者の持株比率が希薄化され、買収コストが大幅に上昇する仕組みです。

黄金株

特別な拒否権を持つ株式を指します。通常の株式とは異なり、合併や定款変更などの重要決議に対して拒否権を行使できるため、経営権の安定化に寄与します。ただし日本では制度上の制約から、純粋な形での導入は難しいとされています。

スーパーマジョリティ条項

合併などの重要事項の決議要件を厳格化する方法です。例えば、通常の特別決議(3分の2以上)を4分の3や5分の4に引き上げることで、買収者による支配権獲得のハードルを高めます。

株式持合い

互いに株式を持ち合うことで安定株主を確保する方法です。日本では伝統的に活用されてきましたが、近年はコーポレート・ガバナンス強化の流れから減少傾向にあります。

複数議決権株式

一株あたり複数の議決権を持つ株式です。海外では活用例が多いものの、日本ではユニットコーポレーションなど限られた企業のみが採用しています。

ホワイトナイト

敵対的買収者に対抗するため、友好的な第三者に支援を求める方法です。実務上は経営陣が信頼できる企業に株式引受などを依頼します。

パックマンディフェンス

買収者に対して逆に買収を仕掛ける戦略です。資金力が必要となるため実行のハードルは高いですが、強力な抑止力となり得ます。

クラウンジュエルディフェンス

企業の価値ある資産や事業(王冠の宝石)を切り離すことで、買収の魅力を減じる方法です。

定款変更によるスタッガード・ボード

取締役の任期をずらして設定し、一度の株主総会では過半数の取締役を入れ替えられないようにする防衛策です。

自社株買い

市場から自社株を買い集めることで、買収者の株式取得を困難にします。また株価上昇効果も期待できる方法として知られています。

信託型ライツプラン

日本で開発された防衛策で、信託銀行などに新株予約権を預け、買収者が現れた場合に既存株主に配布する仕組みです。

これらの防衛策は単独ではなく、複数を組み合わせて導入されることが多く、各企業の状況に応じた最適な防衛体制が検討されています。

買収防衛策のメリット・デメリット

買収防衛策は企業を守る盾となる一方で、思わぬ影響や課題をもたらす可能性もあるため、導入を検討する企業は、その両面を慎重に評価する必要があります。

防衛策の導入は企業価値向上につながる場合もあれば、逆に株主利益を損なうケースもあり、経営環境や株主構成を考慮した戦略的判断が重要です。

さらに、日本では、東京証券取引所のコーポレート・ガバナンス・コードにおいても、防衛策の必要性と合理性について説明責任を果たすよう求められています。

ここでは、買収防衛策の主なメリットとデメリットについて解説します。

メリット

買収防衛策の最大のメリットは、企業が不意打ちの買収から身を守れる点です。実務上、以下のような利点が認められています。

第一に、交渉力の向上です。防衛策があれば、買収提案に対して冷静に対応する時間的余裕が生まれ、より有利な条件を引き出せる可能性が高まります。実際に、買収価格の引き上げや株主への還元条件の改善が図られるケースも少なくありません。

第二に、株主全体の利益保護という側面があります。短期的な利益を追求する投資家による乗っ取りから企業を守ることで、長期的な企業価値の向上を目指す既存株主の権利を擁護できます。特に、技術開発型企業や中長期的な成長戦略を持つ企業にとっては重要な防御手段です。

第三に、経営の安定性確保という効果があります。防衛策により経営陣は短期的な株価変動に一喜一憂することなく、中長期的な視点で経営判断を行うことが可能で、結果として、持続可能な成長へとつながります。

デメリット

一方で、買収防衛策には無視できない問題点も存在します。主な欠点としては以下のようなものが指摘されています。

最も大きな点は、経営陣の保身につながる可能性です。防衛策が経営者の地位保全のために利用されると、本来あるべき株主による経営監視機能が弱まってしまいます。業績不振の経営陣が自己保身のために防衛策を悪用するケースは、株主価値を著しく損なう恐れがあるでしょう。

また、株価への負の影響も無視できません。防衛策の導入を発表した企業の株価が下落するケースは珍しくありません。投資家からは、「将来の高値で売れるチャンスを奪われた」と受け取られることもあります。特に機関投資家は防衛策に否定的な見方を示すことが多く、議決権行使助言会社も反対の立場を取る傾向にあるといえるでしょう。

さらに、企業の革新性低下というリスクも指摘されています。外部からの圧力が減ることで、経営の緊張感が薄れ、結果的に企業の競争力が低下する可能性があります。市場の規律がなければ、経営効率化や事業再編への動機が弱まってしまうかもしれません。

成功・失敗事例で見る買収防衛策の実態

買収防衛策の実際の効果を理解するために、過去の事例分析も有用です。日本企業の間でも様々な攻防が繰り広げられ、その結果は企業の未来を大きく左右してきました。

防衛に成功した企業は株主との対話を重視し、企業価値向上の観点から説得力ある対応を行った傾向があります。一方、失敗した事例では防衛策の内容や実行プロセスに問題があったケースが多く見られます。

企業が自社の状況に最適な防衛策を検討する上で、これらの成功・失敗の要因は貴重な教訓となるでしょう。ここでは、代表的な成功事例と失敗事例について解説します。

成功事例:ブルドックソース vs スティール・パートナーズ

買収防衛策が効果を発揮した代表例として、ブルドックソースの事例が挙げられます。

2007年、米国の投資ファンドであるスティール・パートナーズが敵対的買収を仕掛けた際、同社は新株予約権を全株主に無償で割り当て、買収者のみ差別的に取り扱う防衛策(ポイズンピル)を講じました。この新株予約権は、スティール・パートナーズの持株比率を希薄化させることで、買収の実現を困難にする仕組みでした。

この防衛策は裁判所で争われ、東京地裁および東京高裁はスティール・パートナーズの差し止め請求を退けました。最終的には最高裁も「株主平等の原則の例外として許容される」と判断し、ブルドックソースの防衛策を支持しました。この事例は、日本で初めてポイズンピルが実際に導入され、司法によって認められた重要な判例といえます。

最大の成功要因は、株主総会で83.4%の支持を得た点です。経営陣が株主に対して丁寧に説明を行い、スティール・パートナーズが「企業価値や株主共同の利益を損なう可能性がある」と訴えたことが評価されました。同時に、新株予約権発行に伴うスティール・パートナーズへの公平な補償も実施されており、防衛策が合理的かつ適切であると判断されました。

この事例は、防衛策の有効性だけでなく、企業価値保護のための透明性ある株主対応が成功に不可欠であることを示しています。

参考:野村資本市場研究所|ブルドックソースによる買収防衛策の発動

失敗事例:新生銀行 vs SBIホールディングス

2021年、新生銀行はSBIホールディングスによる敵対的TOB(株式公開買付)に直面しました。

SBIは新生銀行の約20%の株式を保有する大株主であり、最大48%の取得を目指してTOBを発表。しかし、新生銀行はこの提案を「株主共同の利益にならない」として反対し、買収防衛策としてポイズンピル(新株予約権の無償割当)を導入しました。

この防衛策はSBIの持ち分希薄化を目的としていましたが、主要株主である預金保険機構が防衛策に反対したことで、臨時株主総会での支持が得られない見込みとなり、新生銀行は防衛策を撤回しました。

その結果、SBIによるTOBが成立し、新生銀行は連結子会社化されました。

この事例は、防衛策の限界だけでなく、株主との対話不足、主要株主の影響力、迅速な戦略対応の欠如が失敗要因となり、透明性ある情報開示と信頼構築の重要性を示しています。

参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング | 海外事例にみる銀行への敵対的買収のポイント

このように、買収防衛策は、単に仕組みを整えるだけでは効果を発揮しません。企業ごとの状況や株主との信頼関係、戦略的な対応力が鍵を握ります。成功・失敗の事例から学び、自社に合った防衛体制を構築することが、持続可能な企業価値の維持につながるといえるでしょう。

導入・廃止企業の動向

日本企業による買収防衛策の導入数は、2008年のピーク時には約570社に達しましたが、その後は減少傾向が続いています。2024年6月末時点では、導入企業数は251社です。

この減少の背景には、機関投資家の姿勢変化があります。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの大手機関投資家は、企業のガバナンス強化や株主との対話を重視する姿勢を示しており、買収防衛策に対して慎重な立場を取っています。

また、議決権行使助言会社であるISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ)も、防衛策導入に対して一般的に慎重な立場を取っており、企業のガバナンスや株主の権利を重視する観点から、防衛策の導入に反対することがあります。

業種別に見ると、製造業や技術開発型企業では導入率が比較的高く、特に独自技術や知的財産を持つ企業が積極的に導入する傾向があります。一方で、金融機関や商社などでは導入率が低下しているのが現状です。

廃止の理由としては、「株主との対話重視」「コーポレート・ガバナンス強化」「株主総会での承認獲得の困難さ」などが挙げられます。多くの企業が、防衛策に代わる方法として、株主との建設的対話や持続的な企業価値向上策の強化に注力するようになっています。

買収防衛策導入の際の注意点

買収防衛策を導入する際には、いくつかの重要な点に留意する必要があります。

一般的に、形式だけの防衛策は機関投資家や株主から反発を招きやすく、実効性も低下する傾向にあります。そのため、実務上は、防衛策の設計段階から株主との対話を重視し、透明性の高いプロセスの確保が求められているといえるでしょう。

また、防衛策導入の際は、経済産業省の「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(2005年)や、東京証券取引所の「コーポレート・ガバナンス・コード」に準拠した設計が不可欠です。

さらに、買収防衛策の有効期限や見直し条件を明確にすることで、株主からの信頼を獲得しやすくなります。

ここでは、買収防衛策導入における主な注意点について解説します。

参考:
経済産業省 | 企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針

東京証券取引所 | コーポレート・ガバナンス・コード

株主の理解と情報開示

買収防衛策の導入において最も重要なのは、株主の理解と支持を得ることです。そのためには、徹底した情報開示と高い透明性が不可欠です。

開示内容は、防衛策の詳細だけでなく、導入の目的や発動条件、株主への具体的な影響など、多角的な情報を分かりやすく提示する必要があります。特に、発動の客観的な条件を明確にすることで、恣意的な運用への懸念を払拭できます。

株主総会で承認を得るには、事前に主要株主と対話し、懸念点を把握して説明に活かす工夫も有効です。議決権行使助言会社の見解も踏まえ、反対意見に備えた説明材料の準備も求められます。

情報開示の手段としては、プレスリリースだけでなく、説明会の開催やIRサイトでの資料公開など、複数のチャネルを併用することが理解促進につながります。

経営陣の私的目的でないことの説明

買収防衛策に対して最も多く寄せられる批判の一つは、それが経営陣の地位保全、すなわち保身のために利用されるのではないかという懸念です。

こうした批判を払拭するには、防衛策が経営陣の私的利益のためではなく、企業価値と株主利益を守ることが目的であると、明確に示す必要があります。

その手段として、実務上は独立した第三者委員会の設置が有効です。社外取締役や独立委員が関与する判断プロセスを構築することで、経営陣による恣意的な運用を抑えることができます。委員会の構成や権限、判断基準をあらかじめ明らかにしておくことも重要です。

また、防衛策の設計にあたっては、経営陣の交代を著しく困難にするような、過度に強力な仕組みは避けるべきでしょう。たとえば、取締役の任期をずらす「スタッガード・ボード」は、近年の日本企業では採用を控える傾向にあります。

さらに、買収提案を一律に拒絶せず内容を精査する姿勢を示すことで、株主にとって有益な提案を排除しない姿勢を伝えることができます。

企業価値向上との整合性

買収防衛策は、それ自体が目的ではなく、企業価値を高めるための手段であるべきです。導入と同時に、中長期的な成長戦略や株主還元策を明確にすることで、経営方針との整合性を株主に示すことが重要です。

たとえば、防衛策の説明資料に「技術開発への長期投資」や「取引先との信頼維持」など、具体的な目的を併記することで説得力が高まります。

さらに、経営計画の進捗やROE(株主資本利益率)などの指標を用いて、資本効率向上への取り組みを示すことで、防衛策が成長戦略と両立していることを証明できます。

実際、資本効率や株主還元に積極的な企業は、防衛策を導入していても機関投資家から支持を得やすい傾向にあります。

買収防衛策は企業価値を守る戦略

本記事では、買収防衛策の基本的な考え方や種類、導入企業の傾向、成功・失敗の事例、そして導入時の注意点までを幅広く解説しました。

近年は制度や投資家意識の変化を背景に、防衛策を見直す企業も増えています。その一方で、企業価値向上や株主との信頼関係を軸にした防衛策は、今も経営戦略の一環として有効です。

買収リスクにどう備えるかは、企業ごとの状況に応じた判断が求められます。防衛策と経営の本質をどう結びつけるかが、今後の重要なテーマとなるでしょう。

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この記事を書いた人

「一社でも多くの廃業をなくす」をミッションとし、M&A・事業承継の情報をわかりやすく発信。
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